過去日記

深夜のデスロード

「蜜柑ちゃん、助けて」

発信者、かず。出るなりそれか。
週末ですよ?深夜ですよ?
何言ってんですか。

実はこの時、危ない系のボッタクリバーにでも突撃しちゃったんじゃないかなどとアホなほうに想像していた。
彼らの週末はたいていが「飲み」に使われるのは知っていたわけだ。

「そうじゃなくて、友達がどっか行ってしもーて…」

パニック気味に話す内容はどうやらこういうことらしい。

友達数人と町外れのとある廃屋に来てみた。
廃屋内部でなにやらパニックを起こした。
全員走って逃げた…はずが、人数が足りない。
廃屋に女の子ひとりを残してきたのだという。

何言ってんの、さっさと入って探してきな!

「いや、1回入ったんだけど見つからんくて!」

日本語すら怪しいパニックぶり。

「来てよ、蜜柑ちゃん今すぐ来て!懐中電灯持ってきて!」

時計を見る。1時15分。

あのね、婆の活動時間じゃないの。
もう警察に通報しなさいよ。

「警察は無理ってー。居なくなったの女子高生だし、あのそれに、ちょっと飲んじゃってて…」

貴様がか、女子高生がか?

「…両方」

馬鹿が!しょうがない、行って〆よう。こいつら〆よう。ぐうの音も出ないくらいに。

そこの廃屋は話には聞いたことがあったが、場所がよく解らない。
グーグルマップでだいたいの場所を聞いて当たりをつけて家を出る。

私が独裁者になって権力手に入れたらDQNの心霊スポット突撃は死刑にしよう。

深夜なので道は空いていて、40分くらいかかるかと思っていたけれど、30分少々で目的地に着いた。
民家もない狭い山道に差し掛かるカーブの手前に煌々とライトをつけた、バンが一台。
背後に車を止めておりる。

「蜜柑ちゃん遅いー」

待ち合わせに遅刻したみたいな言い方すんな!

廃屋という建物が斜め前に見えた。
明かりが車のライトしかないので黒い建物のシルエットでしかないが、廃屋で行方不明というから映画に出てくる怪しいお屋敷みたいなのを想像していたのに、そこにあったのは貧相なあばら屋だ。
エドモンド本田が居たら30秒くらいで壊せるんじゃない?って感じの。

「誰、エドモンド本田…」

今時のガキはスト2知らないのか…とちょっとショックを受けて100円ショップで買ったマグライトを片手に覗いてみる。

中見てくればいいの?

声をかけてからバンの中でシクシク泣いている女の子に気づいた。

女の子、いるじゃん

「この子はあいりちゃん。居なくなったのはみほちゃん」

うわ、酒臭い。 結構飲んでるじゃん。

「説教あとにしてー。まずみほちゃん探して」

玄関と思しきガラス戸はガラスは粉砕されているけど開いていない。

「こっちの窓から入った」

縁側があり壊された木製の雨戸がありサッシは開いていた。

土足でおじゃまします、すみません

板もふよふよして頼りなげだし、埃っぽい匂いとカビの匂いがすごい。
畳とかも行っちゃってるんだろうなぁ、とライトを照らしつつ進むと小さな台所だった。
ぐるっと照らしてみる。誰もいない。

みほちゃん、どこにいるの?
声かけてみるが返事はない。

「っっぺ、すごい蜘蛛の巣」

どこでいなくなった?

「その手前の部屋だよ、畳が腐っててうわっってなったら誰かが悲鳴あげて暴走した」

探索すらしてないじゃないか。
だったら、ここらへんにいるでしょ?

「外に出ちゃって逆方向に逃げたのかな」

車のライトの明かりがある限り逆には行かないでしょうよ

「逃げたときはライト付けてなかったよ」

台所から出て玄関の方面に向かうとトイレらしきドアがあった。
閉まりきってないドアから中を照らすとぽっかり空いた便器の穴が見えた。

久しぶりに見たわ、汲み取り式トイレ

その隣が風呂場。で、どう見てもここで1階は終了だ。

「2階かな?」

パニック起こしてわざわざ2階まで上がると思う?

「思わない」

が、風呂場にしゃがみ込む人影があった。

「みほちゃん?」

声かけると泣き出した。

もう大丈夫だから一緒に帰ろう

「帰れないしぃぃーーもうやだあああ」

いや、帰れるし、大丈夫だって。

「いやーお父さんにー迎えに来て貰うーほっといてー」

なんだかパニックってわけじゃなさそうだ。と思ってすぐ気づいた。

漏らしてるのか。

女子高生にしたらこれは切実な問題なんだろうな。

あんたらだけでひとまず帰れ

「なんで?みほちゃんは?」

私が家まで送っていくから。あんたらいたら出るに出れない。

「は?」

いいから行けって!

彼らはブツブツ文句言いながらもスマホの明かりを頼りにヨチヨチと出て行った。

しばらくするとエンジンの音がして車が離れていく音がした。

よし、もうデリカシーのない猿どもいないからね、送っていくから帰ろう

「でも、あたし汚いしーお姉さんの車汚しちゃう」

お姉さん…お姉さん。 あまりにもおばさんとかばばあとか言われ慣れてて新鮮。
やばい、かわいい。

大丈夫よ、お姉さんの車にはレジャーシートがあるから!
それに座っていけば汚れないから。

「ありがとうございます。お願いします。」

やっとみほちゃんは立ち上がった。

車まで真っ暗闇をみほちゃんの手を引いて歩く。
なんとか車までたどり着くと、運転席側のサイドミラーに小さい可愛らしいトートバッグが引っ掛けられていた。
どうやらみほちゃんのバッグらしい。奴らにしたら気を利かせたつもりらしいが、盗られたらどうすんだ?
後部座席にレジャーシートおいてみほちゃんを座らせると、みほちゃんはバッグの中身を見て「大丈夫です、全部あります」と言った。
車のエンジンをかけると2時33分。貴重な週末の夜にため息が出た。

家がどのへんか聞いたあといろいろ話しながら帰った。

未成年が酒なんか飲んじゃだめじゃない

「飲んだのはあいりだけです、あたし飲めない」

あんなバカどもに付き合ってちゃだめよ、人生無駄にするから

「多分、あいりはかずさんが好きなんだと思う」

え?あんなのが?はやいとこ止めたほうがいいよ。

「悪い人じゃないと思いますけど…あたしもっと普通の人がいいです」

みほちゃんはそういうとやっと小さく笑顔を見せた。

「ここです。」

すっかり明かりの落ちた家の前で、みほちゃんが言った。

「ありがとうございました。」

そして車を降りるとレジャーシートをかき集めるようにして胸に抱いた。

「これ洗ってお返しします」

いいのよー、酒屋でビール1ケース買ったときのオマケなんだから。そのまま捨てちゃっていいの。

そう言いながら、なんだ普通にいい子じゃないの、と思った。

じゃあおやすみ

「ありがとうございました。気をつけて帰ってください!」

家に帰ると、3時25分だった。
やれやれとシャワーを浴びて出ると携帯が鳴った。

発信者たけ。無視しようかと思ったけどみほちゃんの安否は知らせとくべきか。

もしもし。

「蜜柑ちゃん、助けて!かずがスマホ無くした。多分あの廃屋らへんだと思う。」

冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。プルトップを引く。グビグビ。ああ~この一杯のために生きてる!

無理。飲んだから無理。車出せない。

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