社長の入院
2012年8月。
かずとたけの雇い主、南さんが事務所にやってきた。
これまでは月1回くらいは会っていたのだけれど、この頃は領収書とか請求書はすっかりかずかたけに託すようになっていたし、用事があっても言付けるだけで事は済んでいた。
お久しぶりですね、社長。今日はどのようなご用件で?
普段、夕方に立ち寄るくらいなのに、今日は真っ昼間だ。
「今日、事務員は?」
エミちゃん?早めの盆休みですよ。私が来週休むんで。
「蜜柑、たいへん申し訳ないけど頼みがある。」
改まってなんでしょ?
「俺、入院する。」
えっ!
「その…糖尿病が悪化して…」
…。だから気軽に楽しく暴飲暴食はやめろと。
「それでまあ、足切断とか失明とか、散々脅されてちょっと怖くなってきたこともあって…。けど、今受けてる仕事に穴開けるわけにはいかんし。」
そりゃそうです。
「かずもたけももう殆ど仕事はこなせる。ここはあいつらに任せたい。」
「仕事の面では心配はしてないけど、他の交渉事が今ひとつ任せられん。」
気持ちは解ります。
「そういうわけで、諸々の折衝を頼みたい。あの子らで手に負えんこともあるかもしれん。」
入院期間は?
「ほんの2週間」
おそらく大丈夫ですよ。ゆっくり養生してください。
「すまん。よろしく頼む。」
社長は薄くなりつつある頭を下げて帰っていった。
その日夕刻。
「蜜柑ちゃん、社長の入院、聞いた?」
かずとたけは事務所に来るなり切り出した。
今日、ここ来てたよ。あんたらをよろしくって。
「俺ら2人で大丈夫やと思う?」
へんな安請け合いだけしなきゃ大丈夫だと思うよ。
仕事の依頼があったら、まず保留にして社長に聞いてから、ってことだけ厳守すれば。
「あーそうか、なるほど」
「仕事が多いとこれまでも違う現場に一人ってあったけど不安やー」
社長に電話通じないわけじゃないんだからさ。
「うん、そうだけどねー。」
「現場のおっちゃんたち怖いしさ。」
「すぐ手が出るような人もいたりして。」
「俺らに関係ない仕事させる人もいるし。」
予想していたよりも、何か不安らしく、ぐだぐだと2人らしくないネガティブ発言を繰り返した。
でもさ。
他の顧客の中には、社長が突然亡くなって右往左往したこととかあるんだよね。
そんな事態よりは全然マシじゃない、たったの2週間なわけだし。
案ずるより産むが易しよ、2人で頑張ってみな。
私らもサポートするんだしさ。
そういうと、ようやく少し落ち着き、うん、頑張ってみる、と言った。
いやー意外な一面みたわ。
そういうナーバスなとこもあるんだね。
そういって笑うと、すぐ憤慨した。
「俺はこいつの不安が伝染したの!」
「俺らゆとり世代よ?傷つきやすいガラスのハートよ?褒めて伸ばしてくれないと。」
私の経験上、自分で褒められたら伸びるタイプって言う奴に限って伸びないんだけど。
「褒め方が弱かったんだよ。」
でも、社長が会社畳むって言ったらどうすんの?
この仕事続けていくんなら、君ら独立じゃない。
かず社長、たけ副社長とかでやってかなきゃならなくなることもあるじゃん。
「なんで俺が副社長で、かずが社長なん。俺が社長じゃん、普通。」
「いや、そこは俺が社長であたりまえ。蜜柑ちゃんは解ってる!」
「おまえは漁師継いどけ。俺は社長になってバリバリ働く。」
やる気になってくれてよかったよ!
社長も糖尿病で入院とかもろ生活習慣病って色々情けないけど、きっといい経験になるよ!
「え?何言ってんの?社長、痔の手術だよ」