祭りの夜2
「知り合った過程も、恋愛関係になっていく過程もそばに居てほとんど見てきました
相手は6歳上の音響機器なんかの販売やレンタルしてる会社に勤める人だって聞いていました。
祭りで知り合ったんです。練習のたびに親しくなっていって、祭りのあとの打ち上げの時はもう手を握り合ってました。
こう…」
エリちゃんは目の前で自分の右手と左手を絡めた。
ああ所謂恋人繋ぎってやつね
「そう、それです」
「もう見たときああこれはアウトだなーって思いましたね。で、打ち上げ終わるころには2人して居なかった」
「彼、隠してたけど、奥さんも子供もいたんです。しかも奥さん妊娠中でした」
ああ…。
「私、なんとなくそうじゃないかなって思ってたんです。彼の携帯の待受が子供を抱っこした彼だったことがあって。まだあまりゆみこが深入りしてない時期ですね。『お子さんですか?』って聞いたら、『いや、これは友達の子供だよ』って。友達の子供と写真取ることがあったとしても、あまり待受画面にはしないじゃないですか?でも次に見た時にはもうその画像じゃなくなってましたし。」
頭の回転が速いね。
「そうですね。最初から奥さんいること隠すつもりだったんだと思うんです、あれは」
いや、回転速いのはエリちゃん。普通そこまで一瞬で読み取らない。
「女なんてこんなもんでしょう。私はなんか胡散臭いなと思ってたけど、ゆみこは『友達の子供』を綺麗に信じちゃった。
しかも『あの時の写真はやっぱり』って話しをした時には、ゆみこはもうその出来事すら覚えてなかった。」
自分にとって都合のいいことしか受け入れないタイプなんだ
「そう!もうそのまま!こっちが言ったことが正しくても最後にはそんなこと言った事実はなかったことにされちゃうんです。どんなに捻じ曲げてでも認めない。」
ゆみこちゃんが飲み干したジョッキをみてたけが店員さんにお代わりをお願いした。
気が利くな、と思ったがもう相当眠そうにしている。
「奥さんは出産前、出産後と実家の方に里帰りしてる時期だったみたいなんです。とにかく毎日会っていたし、普通の恋人同士のようでした。でも、冬が来る頃にはそうは行かなくなってた。」
「奥さんも気づいたんですね。奥さんからゆみこに連絡があった。お定まりの『主人と別れてください』っていう。」
「そこで完全に壊れました。彼は携帯を解約して逃げて連絡もつかなくなった。でもそんなことで泣き寝入りするような子じゃないですからね、ゆみこは。妊娠した責任取れって彼の会社に押しかけたり、彼の家に直接おしかけたり。」
「奥さんも毎日自宅マンションまで来られてお構いなしにピンポン連打して大声で叫ばれるから神経参ってしまって実家に戻られたそうです。赤ちゃんいるしそりゃ逃げますよね」
「彼のほうはもっと馬鹿で。そこでゆみこを家に入れちゃって。嫁とは離婚するからって丸めこんで。おそらくはゆみこが妊娠したって言ってたからそれをなんとか始末しようとしてたんでしょうねー。しばらくゆみこは彼のマンションから学校に通ってた。半同棲でした。」
「奥さんのほうも黙ってないですよね。ゆみこの親にも学校にも連絡してきた。彼のほうも一緒に生活してればゆみこの妊娠は嘘だって解ります。別れを切り出して会社を辞めて奥さんの実家へ引っ越してしまった。」
「ゆみこの親は自傷行為を繰り返し叫ぶ娘を入院させました。去年の年末です。」
「年が明けて1月には退院してきたんですけど、薬の副作用やらなんやらでむくんでぼーっとしててしばらくはおとなしかったんですよ。私も学校の友達もちょくちょく会いに行ってた。その時、友達の一人が卒業旅行の話をしたみたいなんですね。ゆみこはそれを聞いて『みんなと一緒に卒業出来ないけど一緒に行きたい』って言い出した。私ら断れなかったんですよね。
親御さんが気晴らしになるのだったら連れて行ってやってほしいって頭下げられたのもあります。私たちは旅行に一緒に行くことにした。けれどゆみこは旅行費用としてまとまったお金を貰って奥さんの実家に押しかけました。」
「彼を殺すつもりだったそうです。結局未遂に終わり再度強制入院です。退院してきたのが先月。今月にはもうかずくんが登場です。」
あれ?保育士さんて話じゃなかったっけ。
「実習くらいは行きましたけど…。結局大学は卒業してないし、まだ籍はあるはずなんですけどね。働いてはいないですよ?」
かずを見るとなんかもうすっかり顔色悪い。おいしっかりしろよ。
「はは。うん。なんか凄いけど、なんとかなるんじゃね?」
エリちゃんはまた1/3くらい一気にジョッキを開けた。
「今ならまだ引き返せると思うよ?やってないんでしょ?」
実直なお言葉…。
「なんか凄い誘ってくるんだよねー、ホテル行かないかとか」
もっと実直なお言葉。
「でも、入院してたってのも聞いたしホイホイ行っちゃうのもどうかと思ったんで取り敢えず保留に」
DQNらしくなくて驚きだ!本日2度めだ!
「あ、さっきさあ、ははは、笑えるんだけどー」
「ソフィアちゃんに会ったの、お祭りで。偶然にね」
突然ソフィアちゃん。
「『おおぅ!スーツ少年じゃないのっ!元気でやってるの?わお、彼女連れとかステキ!』とか言われて」
流石のノリだな、ラテンアメリカン。
「したらめっちゃゆみこ機嫌悪くなっちゃってさ…」
「美人でしょ、その人」
ああ、うん。女優みたいに美人。
「美人でノリがいいとかゆみこの天敵だから。自分が座の中心に要られなくなる場合って瞬時に察知して機嫌悪くなるわよ。
そういう仕様。」
せっせとジョッキに出来た水滴をおしぼりで拭きながらエリちゃんはいう。
「あ、ソフィアちゃんってのは会社の花見で会ったブラジル人なんだ。よく知らないよ?」
知ってようが知るまいが関係なさそうだな。
要するに過去の恋愛問題に絡んだ壊れっぷりを云々する以前に色々問題のある性格なんだ。
「まぁそういうことです。結構荷が重いと思うよ。」
「あと蜜柑さん。あなたもです。」
は?私?なんで?
「仕事帰りに頻繁に会って遊んでる人と誤解してます。」
私、あんたらの親世代なんだけど…?
「かずくんとたけくんの会話によく出てくるんで、勝手に妄想してるんでしょうけど、お気をつけて」
エリちゃんこそ、よく付き合ってるよ、ゆみこちゃんに。
「うちの母親とゆみこの母親は仲がいいんです。否応なく小さいころから仲良くなるように強いられてるんです。私、今の会社に入ったのは全国に転勤があるからなんですよね。」
「転勤、狙ってます。今んとこはなさそうなんですがね。」
「たけくん、大丈夫?完全に寝てる?」
「起きてるよーでも眠い…」
「表向きたけくんと私のお互いをよく知る会なんだよー、ちょっとは偽装工作しようよ」
ゆみこちゃんは大丈夫なのかな。
「大丈夫じゃないですよ、さっきからLINEになんかずーっと来てる。既読に出来ないから放置してる」
「こっちにも来てる…俺も既読にしてないけど…」
「12時までには既読にして帰りますよ。じゃないと深夜の襲撃が起こりますから」
その後はゆみこちゃんの話は抜きで仕事の話や家族の話や取り留めのない話をした。
エリちゃんの話はなかなか面白く、ゆみこちゃんに関すること以外は辛辣さも影を潜め、彼女はよく食べてよく飲んだ。
ほとんど寝かかっていたたけも復活して途中お茶を飲みながら楽しそうに会話に参加していた。
そろそろお開きに…という雰囲気になりはじめたころ、目の前に座っていたかずとたけが驚愕の顔で立ち上がった。
「ゆみこ!」
振り返ると居酒屋の入り口にずぶ濡れの女の子が立っていた。
つづく