過去日記

結婚を考える

焼き肉を食べに行ってから、ゆみこちゃんもよく顔を出すようになった。

夕方よりも早い時間(バイト帰りらしい)に寄るので、パートのエミちゃんとも親しく話すようになり、直にエミちゃんの娘のマコちゃんとも親しくなった。

最初の憮然とした表情でいたゆみこちゃんに保育士さんなんか務まるんだろうか?と疑問に思っていたけれど、素顔は全く違った。

私なんかよりもずっとマコちゃんゆみこちゃんに懐いている。

見たこともないような綺麗な折り紙を作り出すゆみこちゃんの手元をまるで魔法を見るみたいにマコちゃんは目を輝かせて見ていた。

「すごいですね、あれ。なんか無形文化遺産みたいな。」

エミちゃんも目を丸くしている。折り紙に無形文化遺産ってあるっけ?

「日本の伝統の遊びみたいなのは一通りやるよ。」

ゆみこちゃんは言う。

「お手玉でしょ、おはじきとかメンコ、けん玉。でもおはじきは口に入れるから0歳時1歳時とかはダメだし、けん玉も頭とかぶつけちゃったら相当危険なんで保育園じゃダメですねー。」

昔はどこででも見た気がするよ、けん玉。

「今は保護者が怖いから…」

うん。

しかしマコちゃんゆみこちゃんが大人にだけ解る話をすることを許さない。

「ねーねーゆみこちゃん」

と割って入り、たちまち独り占めしてしまう。

そしてその日も帰るよ、というエミちゃん「もっとゆみこちゃんと遊ぶー!」と駄々をこねて涙目で帰った。

えらく懐かれたもんだね。

「子供好きだから。」

ちょっと恥ずかしそうに言う。

「本当は介護士か保育士か迷ったんだけど。介護士の資格だけでも取っておこうと思って復学前に猛勉強中なの。」

ゆみこちゃんはえへへと笑った。

自分が21歳の時と比べたら、自分はなんてクズだったんだろうって感想しか起こらない。

えらいねえ、ゆみこちゃんは。

「偉くなんかないんだけど。」

照れた。可愛いじゃないか。

「蜜柑さん、お願いがあるんですけど。」

なんですか、改まって。

「パソコン教えて欲しいんです。」

はい?

「うち…じゃない、私と父に。」

ゆみこちゃんとお父さん?

「はい。」

パソコンの何を…。

「えっと、基本的にパソコン扱えます!レベルに…。」

WordとかExcelとか?

「そんな感じです。」

ご自宅にパソコンはあるの?

「来週、買うの。インターネットの回線込みで。」

ゆみこちゃんは人生を前向きに考えることを初めたらしい。

後日訪れかずに、ゆみこちゃんの話をしてみた。

ゆみこちゃんはすごく頑張っているんだね、と。

するとかずの表情がゆっくりと曇った。あれ?なんだこれ。

「やっぱりゆみこは俺と別れようとしてると思う?」

はい?かずのことは何も言ってなかったよ。

「学校行くとか勉強頑張るとかパソコンも習うんだとか将来はこの職業に付きたいとか言うけど」

「なんか俺との未来は全く無い感じ」

…ちっせぇ。

「俺、ゆみこに結婚しようって言ったんだけど。」

まさかのプロポーズ。

「自分の人生も始まってないのにそんなことまだまだ考えられない。って」

はぁ。なんかズレてるよ。

「これ、遠回しに断られたってことだよね。」

そう言ってがっくりと頭を下げた。

と、同時にたけが爆笑した。

「だっさい。馬鹿みてー。そんで暗いんだおまえ。」

「別に暗くはないぞ!ゆみこが別れる気なら別に俺も構わないし!」

全然構わないって顔をしていなかったので、私も一緒に笑ってしまった。

本当、馬鹿じゃないの。

付き合って4~5ヶ月で一生モノの選択迫るほうがありえないんじゃないの。

ゆみこちゃんはまだ学生なんだよ。

「そうだけど。あれだけ子供好き子供好きアピールされたら結婚して子供育てたいのかと思って。」

やっぱズレてる。

子供、本気で好きなんだろうよ。マコちゃんの懐き方とか半端ないよ。

「俺、もしかしてめっちゃやらかした?」

さあ。ゆみこちゃんの考え方次第だと思うし。

ちゃんと話し合いなさいよ。言葉足らずなんだから。

するとかずはすくっと立ち上がり、ゆみこんち行ってくる、とそのまま走って事務所を飛び出した。

事務所の窓ガラス越しに走るかずが見えた。

と思ったら突然消えた。

「あ。こけた。」

壊れかけたロボットみたいなぎこちない動きで事務所に戻ってきたけど笑いは止まらなかった。

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