エステのお仕事
「お、エリちゃん、久しぶりー」
「久しぶりー、今日やすみ?」
事務所に入ってきたエリちゃんを見てかずとたけが声を上げる。
「久しぶりー。今日は公休。かずくんゆみこと順調みたいじゃん。」
「順調、順調!あれからブチ切れることもないしー。」
サムズアップしながらかずが応える。
しかし「あ、LINEの返信の遅さでたまに切れるか…」と小さい声で付け足した。
「相変わらずやね」
エリちゃんは明るく笑って私に向き直った。
「蜜柑さん、これ例のものです」
エリちゃんが紙袋を渡してくれる。
ありがとう、いくらだった?
「12600円です。」
財布を出してお金を払う。
「なにそれ」
化粧品だよ、エリちゃんの職場のやつね。
「たっけー。それ塗ったら叶姉妹みたくなるわけじゃないのに」
「化粧品てやたら高いよなー」
「あのね。うちも売らなきゃいけないわけ!で、蜜柑さんは別に欲しくもないだろうけど付き合いで買ってくれたんだよ。変な言い方やめてよ」
いや、欲しくもないわけじゃないんだけどね…。
「なんならあんたたちのお母さんにあんたたちが買ってあげてよ。勿論、私のために!」
おお、すごい論法。
「うち、母親いないんだ。父子家庭。」
「うちも母親いねぇ。父子家庭。」
うちも父子家庭だったなー。おかん、男作って逃げちゃって。
かずもたけも「うちも母親の不倫!」と言って盛大に笑った。
「ごめん。」
謝るようなことじゃないよー。
なので、さっきのセリフ、お母さんのとこお祖母さんに変えてもう一回。
「お祖母さんが叶姉妹みたくむっちむちになるから。ふたりとも買って?」
うわぁーきしょいわー、そんなん婆じゃないわー、と2人とも笑った。
「でもエステサロンってなんか怪しい響きない?」
「あるある。叶姉妹みたいな濃いお姉さんがバスローブみたいなんでいっぱいいるみたいな。」
「お姉さん、油でテラテラしてんのな。」
イメージ貧困すぎる。
「叶姉妹みたいなゴージャスな人なんかほとんどいないわー。みんな普通の人よ、普通。」
そんな人ばっかだったら一般人怖くて行けないじゃん。
「あーでもそういうイメージ抱いてるのは解ります。うち、いたずら電話すごくて」
「イタ電?」
「そう。受話器の向こうではぁはぁ言ってるやつよ。」
ああ…そっち…。
「今常連さんが3人くらいいるかなー。切ってもすぐ掛かって来るから、受話器置いてほっとくみたい。」
「通報したりしないの?」
「そりゃ業務妨害だから、通報したいだろうけどー。ほんとキリないし。それにだいたいすっきりしたら向こうから切るし。」
すっきりって…。
「きめぇ。マジでそんなんおるんか。」
「エステフェチなんだ。何にでも需要があるって本当だな。」
「イタ電ってとこが更にきめぇ。暗い。」
「あんたたちの『エステ=叶姉妹』っていうイメージだって大概よ。」
「エリちゃん、俺らの扱いがどんどん蜜柑ちゃんに似てきてない?」
「ホント酷いわ。」
「じゃあ蜜柑さん、そろそろ行きましょうよ。私お腹すいちゃった。」
そうだね。事務所閉めるよー、はいあんたらも出て出て。
「ちょっと2人でどこいくの?」
エステだよ、エステ。
「嘘だ、エステで腹減ったとか言うわけ無い。」
「ご飯食べに行くのよー、うふふ。いいでしょう。」
「ええー、俺も行く俺も」
「ちょっと待て俺も」
「かずくん来たら、深夜ゆみこが家の前にずぶ濡れで立つよ!」
ちょっとしたホラーじゃん。
「ええぇー、今日雨降ってないじゃん!でもそれは嫌。」
「俺行ってもゆみこちゃん立たないよね。」
イタリアンレストランなのに作業着でついてくるのかよー。
「服買ってでも付いて行くー。イタリア~ン」